「雪」から、脅威の無理矢理三段論法で色々語ってみる。

課題:最近のことについて色々思うことを語ってみる。
着眼:「子供の通っている幼稚園に雪見遠足なんてあるのよ、信じられない」から。
結論:物の見方は人によって大きく違います。理解できないからこそ、理解しようとすることが大事なのかもしれません。
疑問:雪の好き嫌いは降雪量に関係あるのか?(参考:yahoo知恵袋から→日本海側に住んでいるヒトと、太平洋側に住んでいるヒトに質問。雪って好きですか?
感想:


なかなか、他人の気持ちになって考えるというのは難しいです。自分には理解できない気持ちを理解することはできるのでしょうか?

やはり、孫引きだと駄目です。引用だけで語るには限界があります。



過程↓
今日、新潟出身のお客様とのんびりお話をしていた所、
新潟のお客様:「(北海道で雪が降った話を受けて)子供の通っている幼稚園に雪見遠足なんてあるのよ、信じられない」
実の所、静岡市は雪見遠足(その名の如く、雪遊びをする為の遠足です)が無い幼稚園・小学校の方が珍しい地域なのです。
chakuwikiより静岡

統計によると、静岡市浜松市の年平均降雪日数はそれぞれ3.1日と7.3日。(参考までに、東京10.6日、名古屋19.3日)積雪日数は静岡市浜松市でそれぞれ0.2日と0.8日(東京5.2日、名古屋7.2日)。つまり、静岡市では5年間で1日しか積雪がない。だけど、山間部の天気は山梨県や長野県と同じだったりする。
* 東京は年に1~2日くらいしか雪は積もりません
o それが静岡人に言わせると「年に1〜2回"も"積もるの?」になる。

上記の通り、市街地に住む人は雪に触れる機会がめったにありません。(南北に広いので北の方へ行けば見られますが)。雪見遠足で検索をかけても静岡を筆頭に沖縄や神戸が中心です。その代わり、富士山があるので富士山の山頂を飾る美しい雪化粧は見えるのです。そのせいか、自分を含めて雪に憧れがある人が多いです。新潟・長野など近隣の大雪圏から引っ越して来た人が雪の恐怖や困難を語るのですが、まったく実感が出来ません。


同じ物でもその人が立つ位置によって受ける印象はまったく変わります。それ故に「相手の気持ちになって考えよう」と、誰もが習うと思います。ですが、「理解できない相手の気持ちになって考える」ことは非常に困難です。


同じような雪の話で水からの伝言という非常に有名な本があります。この本自体の賛否両論は色々とあるので、専門・倫理なところは他で探していただいた方が良いです。まったく、ここでは取り扱いません。本自体はさっぱり読む気がしないので孫引きです。
「水からの伝言」を信じないでくださいさんから引用

上に書いたように、「『ありがとう』などの『よい言葉』を見せた水は、こおらせたとき美しい結晶をつくるが、『ばかやろう』などの『わるい言葉』を見せた水は、こおらせても結晶をつくれない」という「お話」のことです。ただし、冷凍室や顕微鏡を使った「実験」を紹介しているので、いっけんすると理科や科学のように思えてしまうのです。

はたして良い言葉は本当に良い言葉なのか?悪い言葉は本当に悪い言葉なのか?良い波動は本当に良い波動なのか?悪い波動は本当に悪い波動なのか?実際に水に気持ちがあるとしても、水の立場になって考えてみないとまったくわかりません。誰もが馬鹿らしいと思うでしょう。ですが、水が感情に反応するのなら、それが水にとって間違った行為でないか確かめなければいけないと思います。


水が美しい姿を取るからそれは正しい。一見、正しい流れのように見えます。ですが、自分にとっての雪のように、自分が直接危害を受けないからこその美しさなのかもしれません。ちなみに、私がこの「の水からの伝言」を聞いた時の感想は「北朝鮮マスゲーム」でした。色々な形で搾取されることの多い水立場と似てませんか?「良い言葉」で命令・強制されて水が苦しんでいるのかもしれません。ただ、実際に動植物へ接する時は擬人化しないことは基本ですし、そのように心がけています。*1


これを、最近流行りの自殺についてあてはめてみます。
探偵ファイルさんより:日本自殺予防学会による見解

集団自殺を防ぐ手立ては?
先ほども述べたように、マスコミが騒げば騒ぐほど、増えていきます。だから、マスコミは控えめに、むしろ、もっと教育的、啓発的な報道をするべきだと思います。

報道しなければ起こらない・・・か。
個人的には抜本的な解決方法になっておらず、受け入れ難い見識ではありますが、確かにそれも一つの答えなのでしょう。ブログも同じですね。周りが無闇に騒げば騒ぐほど自殺は拡大していく。

メディア(ネットやブログも含め)で取り上げれば取り上げるほど、自殺被害が拡大していく連鎖状況です。そんなわけで良くも悪くもしばらくの間は、いじめ自殺をする人が続くと思います。自殺を語る人は自殺を止めて欲しいから、文章を綴るのだと思います。一見、それは正しい行為に見えるかもしれません。ですが、それが自殺を増やす結果になるのかもしれません。自分へ危害が及ばない立場で自殺を語る人にその辺の知識が備わっているかどうかは分かりません。




水からの伝言はまったく信じていないです。でも、動植物のみならず物も*2擬人化して考えてしまうタイプなのでこんな感想です。いまだに九十九神的アミニズムな考え方です。そんな万物に同情しまくりの私が、これからの時期で精神的に大変なのはクリスマスツリーです。あれを見ると、木が重荷を背負っているように見えて悲しくなってきます。精神的ベジタリアンなんか目じゃない同情っぷりです。物もまったく捨てられません。タンスは婆ちゃんの嫁入り道具(明治生まれ)です。電話はダイヤル式の黒電話(昭和生まれ)です。パジャマは中学の時のジャージですorz。その為か「昔は良かった」懐古主義に見られることも多いです。

*1:そういう点もあまり良いと言えない本だ

*2:実際に動植物へ接する時は消さなければいけない感情ですし、擬人化しないように心がけています